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201308 現地支援 FAIRROADスタッフレポート② 山平千鶴

2017年6月19日

タイ訪問

2013年8月12日深夜、私たちFAIR ROADは関西国際空港を発ち、タイへと向かいました。今回のスタディーツアーにおける私の個人的な着眼点は、日本とタイにおける教育現場の相違を、実感をもって知ること、また学習資材の少ない地域で暮らす子どもたちの学習促進を考えることでした。これら着眼点の根底は主に「識字」にあります。国や民族によってことばの違いはあれ、文字が読み書きできるということは生きていくための必須条件であり、また教育は識字から始まるからです。本報告はこのような前提のもと、現地の教育現場の様子を主に述べていきたいと思います。

今回のスタディーツアーではブルースカイ学校、イラワリーフラワーガーデン、バーンワンパ学校、メーラムン学校の計4学校を訪れ、学習資材を届けることができました。さらに、メーラムン学校があるカレン族地域でのホームステイ、クロントイ・スラムや難民キャンプ視察を行いました。SVAメーソット事務局、シーカー・アジア財団の方々には貴重なお話を聞かせていただき、またこのスタディーツアーを支えてくださり、たいへん感謝しています。

今回のタイにおける経験は、私の教育に対する考え方を大きく変化させました。日本に住んでいていてもたとえ辺境地に住んでいても、子どもの笑顔や無邪気さ、愛おしさは決して異なるものではありません。だからこそ、その笑顔を守ること、またより一層輝くことができるような機会を与え、環境を整えてやることが、私たち大人の役割であると思います。住んでいる環境によって子どもたちが抱く将来への可能性に差が生じることは、決して起こるべきではありません。

 

識字の重要性

この文章を読んでくださっているあなたは日本語という文字が読めます。同時に、日本で教育を受けたなら約100%の人が書くこともできるでしょう。しかし、これらが何を表記しているかはわかりますか。

 

 

 

 

これらはタイ語で、上が「毒薬」、下が「風邪薬」と書かれています。タイの難民キャンプや貧困地域などでは、読み書きができない人も多くいます。学校に行くことのできる子どもたちの識字率は良いとされていますが、歴史的背景などから大人の識字率は低い傾向があるようです。

もしもあなたがタイで生まれ、読み書きの学習を受けられず、あなたの、または大切な人の風邪を治したいと思った時に、このようなビンが並べられていたらどうするでしょうか。たとえ片方が風邪薬であるとわかっていても、「読めない」ということが大きな恐怖を招くことがあります。処方箋や食べ物の注意書きも、重要な書類も、読めないという条件がついた途端、ただの紙・ただの記号となってしまいます。

「読める」ということは「書ける」ということにも密接に関係しています。自身の考えを直接対話せずに、文字で伝えなければならない機会を想像してみてください。何を伝えることができるでしょうか。どのようなことまで伝えることができるでしょうか。

私たちの生活は文字に大きく依存しています。また、文字があるからこそ思考は促進され、さまざまなものを生み出すことができます。文字がわからない人がいるという現実は、一刻も早く打開しなければならない問題のひとつなのです。

 

ブルースカイ学校

ブルースカイ学校はタイ北西部、メーソット空港から車で約50分のところに位置しています。ブルースカイ学校という青空学校はコンクリートで建てられていますが、ほとんどプレハブ小屋が連なったような作りをしており、屋根はあまり頑丈とは言えません。学校の前は広い校庭が広がり、豚や犬が走りまわっていました。しかし私がこの学校に到着し、車から降りて真っ先に違和感を感じたのは「におい」です。

ブルースカイ学校にはミャンマーからの不法移民の子どもたちが通っています。学校のすぐそばにはごみ山があり、その越境者らがお金に換金できるものを漁って、その日その日の生活を維持しています。私が感じた「におい」は、その大きなごみ山から風に乗ってやってきたものだったのです。普段日本で暮らしている私にとって大量のごみのにおいは筆舌に尽くし難く、またこのような環境を基盤として生活し、この学校とされている粗末な建物に通う子どもがたくさんいるのだと思うと胸がつぶれるようでした。

 

学校に近づくと、子どもたちの元気な笑い声、また何かを演じるような大人の声が聞こえてきます。中を覗くと、狭い建物の中に裸足の子どもたちが約70人ほど座っています。年齢はよちよち歩きの3才ぐらいの子どもから12歳ぐらいの子どもまでさまざまです。子どもたちは小さな子でもスタッフの方々が見えるように、体の小さい順に前からきちんと座っていました。

この時ブルースカイ学校には、「移動図書館車」に乗ってボランティアスタッフの方々が子どもたちに物語を聞かせに来ていました。この移動図書館車にはさまざまな絵本が積まれており、ボランティアスタッフの方々はその絵本の読み聞かせや人形劇を子どもたちに提供しています。私たちが訪問した時、スタッフが子どもたちに読み聞かせていたのは『おおきなかぶ』でした。この民話はロシア発祥のものですが、なんと使われていた絵本は私たちもよく目にする日本語版のものです。タイと日本のつながりがこのようなところに存在することを知り、たいへん嬉しく感じました。

読み聞かせが終わると人形劇が始まります。物語は『赤ずきんちゃん』です。手作りの人形や舞台を用意し、スタッフの方は声色を自在に操って物語を展開していきます。子どもたちはオオカミの出現に怖がったり、赤ずきんちゃんに警告をしたりと、物語に夢中です。中には登場人物に助言するために立ち上がろうとする子さえいました。

スタッフの方は読み聞かせをする際も人形劇をする際も、子どもが物語に自然に参加できるような配慮をしています。かぶをスタッフ自身に見立てて子どもたちに抜かせようとしたり、オオカミがおばあさんのふりをしていることを隠しておくように子どもたちを催促したり。子どもたちはこのような言葉がけによって、物語の世界から離れられません。みんな、「次はどうなるの?」という表情でスタッフや人形に目が釘付けになり、展開に従って大きな笑いが起こっていました。

このようなボランティアスタッフの活動こそ、子どもの想像力を豊かにさせ、言葉を学ばせる機会となるのではないでしょうか。おそらくこの学校に通う子どもたちの中には、満足に文字の読み書きができない子もいるでしょう。ごみ山で生活を維持するため、親の手伝いとして学校に行かず、一緒にゴミ拾いをする時もあると思われます。しかし、物語を通して自分の知らない世界に入るということ、自身の目でも絵本を見ながら読み聞かせをしてもらうということは、子どもたちを想像の新たな世界へと誘い、感情を動かし、文字を知ることにつながるのです。

 

私はこの学校で、折紙の授業をさせていただきました。いろいろな色をした紙が子どもたちの目に写り、一枚ずつ配布する際、「私この色がいい!」と好きな色の折紙を指で指す女の子もいます。机や椅子がなかったので何人かで輪になり、FAIR ROADスタッフが各々配置につきます。私は日本語で折り方を指示し、通訳の吉田さんがタイ語に訳し、また子どもたちはミャンマーからの移民なので、移動図書館のボランティアスタッフの方がタイ語からミャンマー語に訳して子どもたちに伝えます。今回はこの折紙で風船を作りました。子どもたちは見本を一生懸命食い入るように見て学び、真似ることによって折紙を折る作業を繰り返します。風船が出来上がると号令を合図に全員で投げました。子どもたちは何度も何度も風船を投げ、風船がしぼんでしまえば空気を入れ直すという行動を繰り返していました。物語を聞くという受動的な学習はもちろん大切ですが、今回行った折紙のような、自身の手を使って何かを作り上げるという能動的な学習も、子どもの知的好奇心を刺激するということを再認識しました。

イラワリーフラワーガーデン

ブルースカイ学校から車で約20分のところにあるイラワリーフラワーガーデンでは、幼稚園から小学校六年生までの子どもたちが通っています。この学校に通う子どもたちはブルースカイ学校の子どもたちとは異なり、全員制服を着ていました。ほとんどが女性ですが先生も複数人いらっしゃり、校庭には遊具がありました。先ほどの学校から車で半時間もかからない場所ですが、環境の違いに私は驚きを隠せませんでした。

私たちがイラワリーフラワーガーデンを訪問したのはちょうど給食の時間帯です。子どもたちは向かい合って二列ずつに座り、スプーンや手を使って給食を食べています。給食を食べる場所は意図的に二分されており、宗教上食べるものの違いから、別の場所に隔離されて異なる給食を食べる子どもたちもいました。

 

食後のおやつにと、私たちはクリームを挟んだビスケットを一人二枚ずつ子どもたち全員に手渡しをしていきました。ブルースカイ学校においても同様だったのですが、子どもたちはこのビスケットを受け取る前に必ず手を合わせ、「コップンカー(ありがとう)」と言ってくれます。どんな年齢の子でも、渡そうとする私の目を見て、丁寧に手を合わせ、可愛らしい声で「コップンカー」と言ってくれます。中には膝を折ってくれる子やお辞儀をしてくれる子、恥ずかしそうにはにかんで手をぎゅっと握ってくれる子までいます。ビスケットをもらった後の子どもたちはとてもにこにこしていて、まるで「いつ食べようかな」「早く食べたいな」と思っているかのようにちらちらビスケットを隠れ見ながら給食を食べている子もいました。

給食とビスケットを早く食べ終わった二人の女の子。何か薄い本のようなものを持って走ってきたかと思うと、椅子の上で教科書を広げ勉強をし始めました。教科は英語で、penやthisなどが絵付きで記載されています。まだ小学校低学年ぐらいの子どもたちですが、椅子の上を机に見立て、床に正座をして一生懸命鉛筆を握り、アルファベットを書いています。わからないところがあれば友達を呼んで、教えあったりもしています。英語を話せる女性の先生が一人私に話しかけてくださって一言、「They study very hard.」とおっしゃいました。世界共通語とされている英語を学ぶ子どもたち。彼女らの姿を見て、この地域に住む子どもたちの今と未来を見守る大人の思いが現れるようでした。

 

 

 

 

バーンワンパ学校

この学校はブルースカイ学校よりも、イラワリーフラワーガーデンよりも校舎がしっかりとしており、設備も整っています。大きい教室には長机が所狭しと敷き詰められ、ホワイトボード、扇風機、テレビもありました。在籍している生徒は全215名、それに対し先生は10名で対応しています。子どもたちの年齢層は先に訪れた学校よりも高く、全員が制服を着用していました。

 

バーンワンパ学校は私たちを大いに歓迎してくれ、数人の子どもたちが綺麗な衣装とお化粧をし、可愛らしいダンスを披露してくれました。

私たちはこの学校で学習資材を届けると同時に、その資材のひとつである絵本の読み聞かせをさせていただきました。絵本に耳を傾けてくれた子どもたちはタイ語がわかるので、通訳の吉田さんと共同しての読み聞かせです。私が立ったホワイトボード前と一番前の席の長机との距離は約50cm。教室の扉から窓まで机を敷き詰め、その隙間に座り切れない子どもたちが立ち見をしたり、座ったりしています。

絵本を読み聞かせていると子どもたちは挿絵に興味津々で、こちら側に身を乗り出して見よう見ようとしてきます。年齢層を考えるとかなり易しい絵本でしたが、次にどのようなことばが出てくるのか、どのような挿絵が飛び出してくるのか待ちきれないような表情でした。初めは通訳の吉田さんに耳を一生懸命傾けていましたが、前に座っている子がどうやら絵本にタイ語訳のシールが貼ってあるらしいと気づくと、口々にタイ語で文章を読み上げていきます。最終的には子どもたちの「読みたい」という意欲が勝り、声を揃えて私の日本語を間接的に訳すという状況になりました。後ろの方に座っていた子は文字までは見えませんが挿絵は見えるので、登場人物の男の子や犬の真似をしています。子どもたちによって絵本のお話が支えられ、大きな笑いがたくさん起こり、とても楽しい空間が生まれました。

子どもたちの学習意欲は絵本が終わっても衰えることを知らず、「ありがとう」や「こんにちは」、「きれい」ということばを日本語ではどのように言うのかを一緒に練習しました。タイ語を使う子どもにとって濁音は発音しにくいようでしたが、全員が声を合わせて日本語の響きを楽しんでいました。中にはとても耳の良い子どもがいて、いちばん後ろの席に座っていたにも関わらず私が発音した日本語を瞬時に覚え、復唱していたそうです。

日本語の勉強が終わった後、理事長と一緒に「大きな栗の木の下で」を踊り付きで披露しました。子どもたちは初めて聞くこの曲を興味深そうに聞き、二回目には体を揺らし始め、私たちの踊りを真似ようとしていました。何度か練習した後、全員が立ち上がって「大きな栗の木の下で」のメロディを一緒に口ずさみながら踊りました。子どもたちはとても素敵な笑顔で、たまに隣の子のひじを小突きながら、笑い声をあげながらの大合唱です。

この歌を歌っているときに教室全体を今一度見渡しましたが、電気がついていないにも関わらずとても明るかったです。教室の両側を見ると、できる限り日光が入るような窓の設計になっており、部屋の四隅でさえ暗くならないようになっていました。机があり、椅子があり、ホワイトボードがあり明るい空間。先のブルースカイ学校やバーンワンパ学校には揃っていなかったような教室でした。

バーンワンパ学校には一時間ほどしか滞在できなかったにも関わらず、子どもたちは別れを惜しんでくれました。車に乗る時には「コップンカー」と口を動かして手を合わせてくれました。先生方からは「子どもたちにとって楽しい時間になりました。」とおっしゃっていただき、子どもたちが興味をもって楽しみながら学習するにはどのような方法があるか、ということをより焦点化して考える機会となりました。

 

メーラムン学校

 

メーラムン学校は、私たちが二泊ホームステイをさせていただいたカレン族の子どもたちが通う学校です。多くのボランティア団体が支援しているため、今回のスタディーツアーで訪れたどの学校よりも建物の大きさ、敷地面積が大きく、しっかりと施工されており、設備も整っていました。大きな舞台付きの体育館もあります。校庭は一部コンクリートで施工されており、学校の中心にある中庭ではサッカーゴールが設置され、男の子たちが裸足でサッカーをして駆け回っていました。

 

学校は山の上にあるため、雲が私たちの立ち位置とほぼ同じ位置に浮いています。周りは深い森林で覆われており、学校までの道は舗装されていないので、子どもたちは土や泥の中を歩いて学校に通います。日本のような狭い校区編成がないため、バイクの後ろに乗って登下校をする子もいます。一番遠いところから通う子は学校から家までの距離が約35kmもあるため、選考を経て寮で生活している子もいます。寮に住むことが決まるとトイレ掃除の当番が割り振られ、ひとりずつベッドが与えられます。この女子寮の本棚には教科書や本がぎっしりと詰まっていました。

私たちはこの学校で、学習内容の向上を図るため、劇の授業を紹介しました。劇は日本の国語科学習指導要領において一時削除された項目ですが、ことばに親しむこと、物語世界を想像・創造すること、身振り手振りを使って独自の解釈を施すことが期待できます。また小道具を制作することによって図画工作の授業とも関連させることができます。この劇の授業はメーラムン学校においてはまだ実践のない授業提案だったため、『桃太郎』の読み聞かせをこちらが行ったのち、先生に生徒役になっていただき、劇を始めました。子どもたちは先生方が繰り広げる桃太郎劇に興味津々です。

 

起承転結の順に展開されている絵本の挿絵がわかりやすかったのか、たいへん気に入った子もいたようで、友達と一緒に食い入るようにページをみつめ、何度もめくっていました。日本語がわからない彼らですが、読み聞かせてもらった内容を思い出し、指をさしながらお話を語っているようです。各々が猿や雉、犬の鳴き声を真似て、鬼が桃太郎にやっつけられるところでは鬼の泣き真似をしてとても楽しそうでした。時には、「なんて読むの?」というように文字を指して発音を求めることもありました。子どもたちの、新しい物語を好きだと思う心は、日本でもタイでも共通なようです。

『桃太郎』における劇の授業は、当学校の先生にとっても新鮮な内容に思われたようです。劇の授業は身体をも使用する物語解釈であるので、役になりきるということを通して登場人物の心情を把握しようとしたり、またことばの練習にもなります。小学校程度の子どもたちなら大いに楽しんで学ぶことができるのではないでしょうか。

このメーラムン学校は、授業においてタイ語を使用しています。しかし家ではカレン語を話している家庭が多く、この劇の授業を見ていた彼らはほとんどが小学校二年生、三年生ぐらいまでの低学年の子どもだったので、タイ語がまだ満足に理解することができません。通訳は日本語からタイ語、タイ語からカレン語へと三つの言語を経由しましたが、ここで私たちが行っている絵本の寄付を顧みると、新たな課題が見いだせるように思います。今回寄付をさせていただいた絵本は、すべて日本語の上にタイ語訳のシールを添付したものです。しかし絵本という物語の入りやすさを考えると、日常で使用していることば(カレン語)と、学校や都市部で使用されていることば(タイ語)の両方が記載されていれば、このような低学年の子どもたちの言語学習の促進になるでしょう。この学校に通う子どもたちは、母語としてカレン語とタイ語を獲得をしなければならないのです。私がホームステイをさせていただき、いつもそばに寄り添ってくれた16歳の女の子は、私に手紙を書いてくれる際、カレン語からタイ語への言語変換にたいへん苦労していました。カレン語はカレン族でしか使用されていないため、タイ語学習は重要です。このような環境、また子どもたちの未来をふまえ、タイ語とカレン語の両在が必要であるように思われたのです。

劇の授業と併せて、こちらの学校でも「大きな栗の木の下で」を歌い、踊りました。子どもたちは慣れない発音に驚きながらも、一生懸命真似ようとしています。タイ語では伝わらなかったため、シーカー・アジア財団のアルニーさんが黒板にカレン語訳をしてくださりました。

子どもたちは一音一音、確認するようにゆっくりと発音していきます。息の吐き方や唇の動きをよく観察していて、メロディをすぐに覚えてしまうなど、驚くようなことばかりでした。

 

カレン族におけるホームステイ

私たちは一人ずつにお世話になる家庭が当てられ、二泊のホームステイというたいへん貴重な経験をさせていただきました。私が滞在させていただいた家は、まるで山肌の崖を登るような急な坂道を登ったところにあり、学校からは約10分ほどのところにあります。スコールが多いため、家は木でできており高床式、屋根は大きな葉っぱを何枚も重ねたものです。お話によると、やはり屋根に使用されている葉っぱは耐性がないため、二年に一回は貼りなおさないといけないようです。家の下には豚が一頭買われており、近くには豚小屋もあります。鶏はたいへん大きく、半径5m以内には必ずいると言っても過言ではありません。家はたいへん大きくて、床はいつも綺麗に掃除されています。

カレン族には電気がほとんどありません。日が沈むと街灯もなく、蛍光灯もないので懐中電灯で足元や手元を照らします。スコールの季節だったため地面が泥でぬかるんでおり、また坂道であるため常に気を張っていなければ転んでけがをしてしまいます。朝はにわとりの鳴き声で4時半ごろ目が覚めます。夜は明かりがないと何もできないので、家族と少しだけ話をして21時ごろに就寝です。朝と夜の、太陽がまだ出ていない時間帯の暗さは、今まで経験したことがないような暗さでした。微量な光という光がないため、ずっと目を開けて目を慣らそうとしても一向に何も見ることができず、今自分がどこにいるのか、どこに足をつけているのかがわからなくなり、黒という視界に飲み込まれてしまいそうです。耳だけが研ぎ澄まされるので、そのような状況下で聞く音にとても敏感になり、何の音なのか、近くで聴こえたのかがわからず、返って不安になってしまいます。この「暗さ」は、日ごろ光のある環境に慣れてしまっている私にとって、恐怖以外のなにものでもありませんでした。

このような気持ちを察してか、16歳のダーは私のそばにずっと寄り添ってくれました。私たちがホームステイをするにあたって、子どもが一人ずつお世話をしてくれるのですが、彼らはその間学校を休んでいます。その分、私たちに村を案内し、日本語を学び、家事をいつも以上に手伝うなど大忙しです。

ダーは朝が目覚めると、懐中電灯を頭につけて朝食を作り始めます。真っ暗な中で木に火をつけ、鍋を温めて初めに米を炊き、次に根菜を調理します。私はお母さんと一緒に、葉のふわふわした毛の部分を剥いでいきました。少しするとシャーリーとソースィーも出てきて、学校に行くため着替えをし、靴を磨いていました。

 

ダーはこの家の長女です。お父さんは亡くなってしまいました。お母さんは畑を持っていますが、あまり裕福に暮らしているとは言えないようで、食事はすべて根菜でした。お母さんは家の前にある木を長い棒でつついて、果物を取ったりもしています。私は日本から飴やふりかけを持っていきましたが、特にふりかけはあまり口にすることがないようで喜ばれました。基本、おかずはご飯と一緒に混ぜて食べます。辛いものは本当に辛く、こちらが驚いてしまうほどでした。

お風呂やトイレは併設されていて、崖の上にあります。大きな水溜に濁った水がためられており、それを使って水浴びをします。この水は清潔であるとは決して言えません。しかしこの家族は、この水を使って水浴びをし、歯を磨き、トイレをします。歯を磨くのは水浴びの時、つまり一日一回だけです。また崖の上にあるため、日が落ちないうちに水浴びは必ず済ませないといけません。視界が悪いため転んだり、夜から朝にかけては気温が極端に下がって風邪をひいてしまうからです。

子どもたちは学校で、絵の下にタイ語と日本語が並べて書かれている冊子をもらっていました。夜や空いた時間はみんなでタイ語と日本語を練習しました。子どもたちは日本語を興味深く聞き、いろいろな単語を指しては発音をせがみます。また、タイ語の発音を一生懸命教えようとしてくれます。彼女たちの吸収力は目を見張るものがあり、「おいしい」など簡単な単語であればすぐに覚えてしまいます。周囲が闇に包まれている中、懐中電灯で冊子を照らし、みんなで顔を寄せ合って学ぶ。机も椅子もないのでみんなで寝ころびながら。私が日本から持って行った『桃太郎』の絵本は、いちばん小さいシャーリーに特に気に入られたようでした。紙に日本語を真似て書いたり、何度もページをめくってお話を繰り返しお母さんに聞かせていました。私は普段家で勉強するときもこのような中でしているのかな、と考えると、蛍雪の功を願わずにはいられませんでした。

ダーの家の裏に、お姉さんの家族が住んでいます。お姉さんは機織りをすることができ、見学をさせてもらいました。何本もの棒を使って一本一本糸を通していくという果てしない作業です。使うものは長い棒と糸とはさみのみです。足で支えていますが、腰や肩がとても痛くなると言っていました。ダーの親類のなかではこのお姉さんしか機織りはできないそうで、とても難しい作業です。長い時間を使って作ったものに違いありませんが、服を一着プレゼントとしていただきました。

 

カレン族はたいへんあたたかい民族でした。また、人と人との距離がとても近いです。日本なら一度家に入ってしまうと、外にいる人間とは電話を使わない限りコミュニケーションがとれません。しかしここでは木の家で壁もほとんどないに等しいため、家から家へと声がとんできます。それも時間帯を気にせず、何時だろうと声が聞こえてきたら会話をしています。ホームステイの最終日、お母さんは「あなたは私の娘です。家族です。」と言ってハグをしてくれたときは涙が出ました。ダーやシャーリー、ソースィーはハグをしてくれたあと、英語で「I love you.」と言ってくれました。人の純粋なあたたかさや優しさ、愛情に触れ、また自分自身も同じ気持ちになれたことが本当にしあわせでした。

 

 

 

 

 

 

難民キャンプ/クロントイ・スラム

難民キャンプの中は入ることができません。キャンプの入り口には門があり、キャンプの周囲は軍が駐在しています。迷彩服を着た軍の方が私たちの運転手に会話を求めた時、緊張で体がこわばりました。

キャンプ内を遠目で覗いてみると、果物などを売っている露店などがあります。カレン族の村は家が点在していましたが、ここの難民キャンプはとても密集しているようでした。軒先でくつろいでいる大人たちは、こちらを何とも表現しがたい目で見ています。たびたび訪れる外国人に、何か疑惑の念や不信感を抱いているようでした。キャンプの入り口にしか降り立つことができませんでしたが、ここでもごみが目立ちます。道路わきには缶や袋などが散見され、あまりいい雰囲気を感じません。思い起こせば、カレン族の村の道路はごみが落ちていなかったなあと感じます。

難民キャンプにおける識字率は、子どもの方が高く、大人はかなり低いそうです。話せるが読み書きはできない、という状況が往々にしてあり、ひとつの問題となっています。難民キャンプに支援することのできる団体は限られていますが、ここでも教育、おもに識字についての課題がおおいに見いだせると感じました。

また私たちはシーカー・アジア財団を訪れた後、クロントイ・スラムを視察しました。こちらのごみの量は異常です。道幅は1m未満で、小さな家々が密集しています。ビニールが玄関代わりになっていたり、狭い道の両脇には大量のごみ、災害時用のため池はごみが浮きすぎて水の色が変色しています。においも凄まじく、思わずえずいてしまうほどです。感染症にかかったと思われる犬も、明らかに異変が見てとれ、思わず恐怖を抱いてしまうほどでした。

 

「スラム」と聞くと、住んでいる人も怖いのかな、というイメージがあると思います。私も初めそのような先入観をいだいてしまっていたため、身構えて視察に挑みましたが、スラムの人々はとても心優しく挨拶を交わしてくれました。こちらが「コップンカー」というと、みなさん笑顔で「コップンカー」と返してくれます。また子どもたちは恥ずかしがって指の間からこちらを見たり、屈託のない満面の笑みを見せてくれたりと、本当に純粋さが表れるようでした。子どもをあやすと、お母さん方はかならず嬉しそうに微笑んでくれます。自分の先入観を恥じる思いでした。

しかしやはり、スラムは貧困層の方が住む地域で、自宅療養をしている息子を世話するお母さんは日々生活をしていかなければならない上に医療費を出すとなると本当に苦しい、と話していました。金銭面における問題は違法ドラッグ(麻薬)の密売にも影響しています。このような状況下における子どもたちは、満足のいく教育を受けることができるのか、疑問が生まれます。

そこで、このようなスラム地域の一角に建つ、シーカー・アジア財団による図書館の役割が重要になってきます。この図書館は昼間は大人が多く利用し、夕方ごろ学校を終えた子どもたちが大勢詰めかけるそうです。本の種類は新聞や小説、絵本、辞典、図鑑など多岐に渡っており、村上春樹など日本発発祥のものも多く見かけられました。ここではただ本の貸し借りだけを行っているのではなく、みんなでお菓子作りをしたり工作をしたり、読み聞かせを聞いたりなどさまざまな活動が行われていると聞きました。図書館の中は明るく広々として、まるでスラム街であることを忘れてしまいそうになります。掲示物や本の配置にも工夫が施されており、訪れる人々に安心感を与える空間であることがわかります。

 

本がもたらす空間、想像の世界は子どもだけでなく大人にとっても平等です。本を読むということは静かな、それでいて非日常の空間を約束してくれます。心の平穏を維持することができるのは、自分の中に構築される新たな世界なのではないでしょうか。

 

 

タイと日本の教育現場―識字を考える

日本の義務教育を行う学校は、たとえどんな辺鄙な地域であっても先生が存在し、トイレがあり、机や椅子、黒板が設置されています。子どもたちは文部科学省が定めた教科書を無料で受け取り、毎日登校してきます。

しかし今回訪れた、特にブルースカイ学校においてはこのような措置がなかなか取れずにいるようでした。メーラムン学校はいちばん設備がしっかりとしていましたが、私のことを娘と言ってくれたホームステイ先のお母さんは文字が読み書きできない方でした。ダーがタイ語をカレン語に訳し、お母さんに伝えるという場面もたびたび見られたのです。

山奥の村に住む子どもたちと接していても、スラム街に住む子どもたちを観察していても、みんな物語の中の世界が大好きなんだということがありありとわかりました。無我夢中でページをめくる子どもたち、待ちきれなくて先生よりも先に文章を読んでしまう子どもたち、文字は読めなくても挿絵から想像して自分だけの物語を作り上げていく子どもたち……。文字はどのような環境にある人間でも、いとも簡単に別世界に連れていきます。本を読む者はその時だけ現実から離れ、自身の想像力を働かせて別次元を生きるのです。どんな環境に住む者でも、文字が読み書きできることから得られる恩恵は計り知れません。文字を手に入れるひとつの方法として「本を読むこと」、これはとても効果のあることなのではないでしょうか。想像の中の楽しい世界を生きることが、現実の世界を生きることにつながることを期待しています。

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